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2021年8月 6日 (金)

羽沢の森の庚申塔(練馬区羽沢)

練馬区羽沢(はざわ)の地名の由来は、昔、鶴が沢山飛んできて羽を落としたというものらしい。渋谷区にも羽沢があるが、そちらは鎌倉時代に源頼朝の飼っていた鶴が飛んできて卵を産みその雛が最初に羽ばたいたことが由来とされている。ただ歴史学的には、赤羽=赤埴土の説に準じて、羽は埴土(はにつち=粘土)が起源というのが主流になってきているので、ここもその可能性が高い。この辺りは縄文時代から人が生活していた地域だけに私もそうだろうと思う。

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現在この堂宇がある羽沢の森は、明治時代の地図を見ると羽根木とある。世田谷の羽根木と同じ字である。石神井川低地の農地を仕事場として、少しだけ高いこの辺りに屋敷を建てて生活をしていた農家が江戸時代から明治時代にかけて10軒程度集まっていたようだ。右の駒型の庚申塔は、明和4年(1767)9月の造立。青面金剛像、邪鬼、三猿が陽刻されており、青面金剛の左手にはショケラがぶら下がる。邪鬼は正面向きの珍しい形、三猿の形も変わっている。側面には講中二十人 世話役 次郎兵衛 七兵衛とある。

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左の丸彫の地蔵立像は高さが155㎝ある。元文6年(1741)2月の造立。基壇には「為法界」とあり、側面には「下練馬前湿化味村 願主講中」そして左面には庶民の名前で8人の銘が刻まれている。前湿化味村というのは、桜台辺りの古い地名で宿湿化味(シカジマケミ・シクジッケミ)と呼ばれた低地のエリアの一部と思われる。(「五差路の石仏群」参照)

場所  練馬区羽沢3丁目30-1

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