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2021年8月 7日 (土)

荘厳寺の石仏(練馬区氷川台)

練馬区氷川台にある真言宗豊山派の寺院で正式名は医王山不動院荘厳寺(しょうごんじ)。開山は元亀年間(1570~1572)の頃とされる。現在は練馬のエセ円周道路のひとつに絡んでいるが(参考:平和台の民家の塀の地蔵)、荘厳寺があるがために不動産開発がやり切れず昔と今が不整合している状態が残っているようだ。もともとの荘厳寺のあたりの地名は前湿化味で、羽沢の森のある羽根木から石神井川を渡った左岸にあたる。

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荘厳寺は東からも西からも入れるが、山門は西側にあり、その手前の参道の両脇に背の高い地蔵が立っている。左側にある丸彫地蔵菩薩立像は正徳2年(1712)7月の造立。基壇正面には「為法界」と書かれ、右側面には「前湿化味村  宇佐見甚兵衛  法印宥厳代」とある。

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右側の地蔵も丸彫の地蔵菩薩立像。造立年は10年古く、元禄15年(1702)10月だが高さは左の方が10㎝程高い。基壇正面には「奉造立地蔵」とあり、左面には「為法界諸霊」と書かれている。

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山門手前の両脇にも石仏が並んでおり、左側には4基がある。一番左は笠付角柱型の大きな庚申塔。造立年は享保17年(1732)霜月(11月)。正面はかなり摩滅が進んでいるが、日月、青面金剛像、邪鬼、三猿、二鶏が描かれている。側面には「武刕豊嶋郡上練馬内  高松村講中四十三人」とある。右側の駒型っぽい板碑型の庚申塔は前年の享保16年(1731)11月の造立。上部に日月、下部に三猿が描かれているが、中央は「奉供養庚申待成就處」という文字。「武刕豊嶋郡下練馬村 前湿化味 講中三十二人」とある。

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その右には駒型の庚申塔。造立は宝暦5年(1755)7月。日月、青面金剛像、邪鬼、三猿が陽刻されている。左手にはショケラもぶら下がる。右側面には「奉造立青面金剛像一躯」とあり、左面には「武州豊嶋郡下練馬村 前湿化味 講中六人敬白」とある。これも前湿化味の人々によるものである。右側の丸彫の地蔵菩薩は半跏像。宝暦4年(1754)の造立で、施主は宇佐見庄兵衛と宇佐見甚平。

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山門手前右には六地蔵ともうひとつの地蔵が並んでいる。六地蔵はそれぞれ舟型で、右の4基が享保13年(1728)、左の2基が元禄15年(1702)。左端の地蔵菩薩立像は丸彫の延命地蔵で、寛保元年(1741)10月の造立。武刕豊嶋郡下練馬村の銘がある。

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山門をくぐると右手先にあるのが珍しい唐破風笠付角柱型の地蔵菩薩立像。光明真言供養塔で、明和3年(1766)10月の造立で、側面には「願主 常念  下練馬村講中十七人 世話役 武田氏」とある。その右の笠付角柱型の石仏は庚申塔で、もとは早宮1丁目44の駐車場脇の堂宇にあったものを移した。造立年は享保4年(1719)3月で、日月、青面金剛像、三猿の図柄。側面には「武刕豊嶋郡下練馬早淵村 講中二十人 」「奉造立庚申待供養成就為二世安樂 願主 加藤平兵衛」とある上に、「右 かわこへミち 六里余  左 たなしミち 三里」の道標が刻まれている。

場所  練馬区氷川台3丁目14-2

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