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2021年8月 3日 (火)

不動明王と敷石供養塔(練馬区早宮)

区の資料によると、江戸時代は下練馬村の早淵と宮ケ谷戸(みやがいと)といった。その二つの字の1字ずつをとって今の町名にした。淵は澪(みお)のことで、川の底が深く舟が通りやすいところをいう。石神井川の大橋辺りから高稲荷下にかけては、両岸がせり出し、川は瀬となって水の流れが早かった。その付近の左岸を昔から早淵前といっていた、とある。

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現在の大橋は都会の住宅地の水路に架かる何の変哲もない橋だが、石神井川沿いの遊歩道には不動明王像があり花で囲まれている。不動明王は大山の阿夫利神社の祭神で、ここに在るのは武蔵国から大山へ詣でる人々が石神井川のこの大川のほとりで禊(みそぎ)をしていたことに由来する。

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不動明王像は座像で、文政4年(1821)2月の造立。正面には「奉造立不動明王村人安全祈所」と書かれている。また右側面には「武州豊嶋郡下練馬村早淵念仏講中」とある。右脇にある黒っぽい石柱は寛政4年(1792)2月造立の鋪石供養塔。正面には「奉建立鋪石供養塔」とあり、左側面に八日講中、念仏講中とある。右側面には享和3年(1803)2月に「金三両一分寄進玄覚 宮ケ谷戸」とあるので、大橋周辺の敷石の整備を行ったのだろう。

場所 練馬区早宮3丁目21-12

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