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2021年8月15日 (日)

養福寺の庚申塔(荒川区西日暮里)

養福寺は浄光寺と同じく真言宗豊山派の寺院で、元和6年(1620)の創建。江戸時代は文人に好まれた寺院で、いくつもの句碑が残されている。文化財としては、山門を入った正面にある養福寺仁王門とそこに配置された一対の仁王像や木造二天王像がある。戦災で多くの寺院が焼けてしまったが、この仁王門は宝永年間(1704~1711)の建立のまま残っているとされる貴重な建築物である。

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養福寺の境内の面白いところはこの仁王門から45度左に参道が折れ曲がっていることで、仁王門手前から奥へ進むと本堂がある。なぜ参道が曲がっているのか、仁王門は何に対する門なのか、疑問が湧く。日暮の里として文人たちに好まれ、景勝地として知られたことは多くの情報があるがこの曲がりについては、どこにも書かれていない。

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養福寺には他にも石仏石塔があるが、この大小の庚申塔は面白い。左の小さい方の駒型庚申塔は左上が欠損しているが、日月、青面金剛像、三猿のシンプルな図柄。造立年は元禄5年(1702)だが月は欠損部分に当たり読み取れない。願主名が「巳年女、未年女」とあって珍しい。資料によると女性の厄年の前厄と後厄ではないかとしていた。大きい方の板碑風駒型庚申塔がまた珍しい。

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日月、青面金剛像があり、その下に4つあるのが中央の二つが邪鬼(二邪鬼)でその横の両脇にいるのはいったい何だろうかと考えた。その下部には三猿が彫られ、三猿の外側には二鶏があるが、邪鬼の外側の2体が童子なのか、別の猿なのかは分からない。何とも不思議な庚申塔である。造立年は宝永4年(1707)12月。左面には多くの願主名が刻まれている。

場所  荒川区西日暮里3丁目3-8

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