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2021年8月 5日 (木)

毛呂の庚申塔(板橋区小茂根)

地下鉄有楽町線、副都心線に加えて西武有楽町線も通る小竹向原駅は地下駅である。現在は環七通りの武蔵野病院前までの都道441号線要町通りの延伸に向けて用地買収が進んでいる。駅から500m余り北にの環七を渡った先にある辻にブロック造りの堂宇があり、地蔵と庚申塔が祀られている。

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この辻は江戸時代からある道筋の辻で、江戸時代はアルファベットのKのような交差点になっていた。環七が戦後開通しこの辺りの茂呂町にも住宅が増えてくると耕地整理が進み、昔の辻の形は変わったが、今でもこの辻には石仏が祀られている。地名に関しては明治時代・大正時代の地図には毛呂と書かれているが、昭和に入ってからの地図には茂呂となっている。現在の住居表示の小茂根は小山町、茂呂町、根ノ上町の頭文字をとって昭和五輪の頃に町名変更されたもの。

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向かって右にあるのが丸彫の地蔵菩薩半跏像。明和5年(1768)春の造立とある。台石の正面には、「而自佛言世尊不慮  我當抜済六道衆生  若有重若我代受若 若不命者不取正覚」とあるが不勉強なので経典の一部かどうかなどは分からず。右側には桂林昌貞信女の戒名が刻まれているので若くして亡くなった身内の女性を慈しんで建てたものだろうか。

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左側にあるのは舟型光背型の庚申塔。造立年は元文2年(1737)2月。日月、青面金剛像、邪鬼、三猿が陽刻されており、右脇には「奉彫刻大青面金剛供養塔」と書かれ、下部には「武州豊嶋郡上板橋村  室講中六人」とある。「室」というのは音としてはムロなので、識字率の低かった江戸時代だからおそらくは「毛呂(茂呂)」を表しているのだろう。この道の北には石神井川の低地が広がっており、大正時代までは田んぼが広がっていたようだ。

場所  板橋区小茂根4丁目3-8

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