中葛西の庚申塚(江戸川区中葛西)
東京メトロ東西線の葛西駅から南南西へ約200mの葛西駅西通り辻の一画に祠と庚申塔が祀られている。庚申塚と呼ばれているようだ。葛西あたりは感覚的に昔は海だったのではと思ってしまうが、そんなことはない。現在の葛西臨海公園の東半分やディズニーランドのゲートあたりは江戸時代から陸地だった。江戸時代この辺りは雷不動とあり、現在はその一角に中葛西香取神社と正應寺がある。
庚申塚はその少し西、この辻は江戸時代からある道で、これより東は長島村、西は西宇喜田村となっていた。いわゆる村境の庚申塔であったわけである。西を向いているところからすると長島村のものだったのかもしれない。庚申塔は駒型で大きく立派なものである。
上部には日月の陽刻、その下は全体的に陰刻として製作されたのだろうか、盛り上がりの大きな青面金剛像、邪鬼、二鶏、そして下部に三猿が彫り込まれている。右側面には「奉造立青面金剛像一體講結集二世安楽攸」とあり、左側面には「武州葛西領桑川新田」の銘と享保11年(1726)9月の年紀が刻まれている。さらに下部の台座には「結衆敬白拾四人」とあり多数の願主名が彫られている。桑川新田という地名はこの庚申塔の南側の低地その先は海に面していた水田農作地帯である。明治になると宇喜田村と長島村は合わせて葛西村になっている。
宇喜田というのは大名の宇喜多家とは無関係。慶長元年(1596)に宇田川喜兵衛定氏によって開発された土地なので、頭文字をとって宇喜新田と呼ばれていたが、宇喜田に転化した。
場所 江戸川区中葛西5丁目31-5
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