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2021年9月21日 (火)

西光寺の塩舐地蔵(江戸川区江戸川)

江戸川区江戸川の西光寺の門前を少し西に行くと現れる小川は暗渠上に造られた古川跡の親水公園。昔は江戸川からこの通りの筋を古川という川が流れていた。現在もこの通りの名前は二之江古川通りと言われる。親水公園には江戸時代の道標となっていた丸い石がある。この石は西光寺のすぐ西脇にあった突留橋(つきとめばし)の東のたもとにあったもの。後に宇田川家長屋門(後述)のところに移され、さらに現在地に移設された。かつてはこの東西の街道は行徳道とよばれ、この道標は二之江の行徳道石造道標という。

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大きく「是ヨリ左リ行徳道」と書かれているようだ。この突留橋のところには南北にも川があり川の十字路になっていた。実はこの古川親水公園は1973年に設定された国内初の都市河川の再生による親水公園である。古くからこの道は人や船が往来した重要な街道だったようだ。

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西光寺は浄土宗の寺院で開山は天文元年(1532)。昔、この辺りが海岸の茅地であった頃、開拓の時に漂着していた仏像を掘り出して祀ったのが西光寺の始まりとされる。寺の北側一帯はその経緯から阿弥陀耕地とよばれた。門前の塀の堂宇にはとろけたような地蔵菩薩像があるが、これはその仏像ではない。

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舟型光背型のこの地蔵菩薩像は、江戸時代から古川を往来する舟人が塩をかけては必ずと言っていいほど拝んだという。その塩の浸食によってとろけ地蔵になってしまったのだと思われる。かなり溶けているので年紀などは読み取れない。尊像の右に「地蔵菩薩供養」という文字が見えるのみである。寺の向かいにある大きな庄屋門が気になった。調べてみるとこの長屋門は江戸川区の有形民俗文化財に指定されている「宇田川家長屋門」で江戸時代後期の建築らしい。

場所  江戸川区江戸川4丁目24-8

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