« 宝蔵院の石仏(台東区清川) | トップページ | お化け地蔵(台東区橋場) »

2021年9月13日 (月)

保元寺の石仏(台東区橋場)

台東区橋場にある保元寺の創建はなんと奈良時代の宝亀元年(770)という。東京都内でも最も古い寺院のひとつだろう。この年に道鏡が下野国に配流されている。道鏡と言えば天皇家のごたごたにつけこんで女帝であった孝謙天皇(聖武天皇の娘)と男女の関係を持ち日本の皇統の危機を招いた歴史上の超問題人物である。そんな時代に創建されたことは凄いことだが、現在の保元寺は街中に溶け込んだこじんまりとした寺というのがまた面白い。

P1010922_20210911214901

境内にはさりげなく古いものが安置されている。ぽつんと置かれた五輪塔が鎌倉権大夫梶原景道(源頼朝の寵臣)の墓石で延久2年(1069)に建てられたがさすがに寛永年間(1624~1644)に再建されたものとあったり、下の写真の六文字「南無阿弥陀仏」の名号石碑は宝徳元年(1449)に保元寺が中興された時のものだったりする。

P1010920_20210911214901

保元寺が開かれた時代は未開の隅田川に面した自然堤防の上のこの場所は砂尾の石浜と呼ばれ、保元寺も石浜道場と呼ばれていた。300年近くが経ち平安時代の保元元年(1156)に後白河天皇の勅許を得て保元寺と改称した。江戸時代になって保元寺を法源寺と改名したものの、大正時代には元の保元寺に戻している。

P1010918_20210911214901

一方、この救苦(くぐ)地蔵は昭和50年(1975)造立と新しいもの。小堂の壁に経緯が書かれていた。「寺の檀家の芳子さんと正子さんという姉妹が相模湖に入水自殺をした。若い姉妹が心の病で生きる望みを失い自殺したことに住職も心を痛めた。姉の芳子さんが生前に貯めていたお金を遺族が寺の為にと寄進されたので、それを元手に住職はこの地蔵を建立し姉妹の供養を行うことにした。」とある。今の世も心の病に苦しむ人々は多数いる。地蔵を前にいろんなことを考えた。

場所  台東区橋場1丁目4-7

|

« 宝蔵院の石仏(台東区清川) | トップページ | お化け地蔵(台東区橋場) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 宝蔵院の石仏(台東区清川) | トップページ | お化け地蔵(台東区橋場) »