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2021年9月 8日 (水)

待乳山聖天の庚申塔(台東区浅草)

待乳山聖天(まつちやましょうてん)で知られている本龍院は浅草寺の子院で聖観音宗の寺院。浅草寺の北、隅田川沿いの小さな山の上に築かれた寺院で昔からの名所である。大根まつりが有名で1月に行われるが、日常のお参りにも社務所で大根を購入し奉納する。創建は極めて古く、推古3年(595)で、これだけ古い寺院は東京には珍しい。この丘は伝説によると6世紀松に突如隆起したという。しかし隅田川沿いに出来た自然堤防だったのではないかと思う。

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本堂の階段下には風情のある築地塀があり、その築地塀を背にして庚申塔群が並べられている。本龍院自体が貴重な文化財なのであまり取り上げられないが、この長さ25間(45m余り)の築地塀も江戸時代の秀作だと思う。

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左から、板碑型の庚申塔は寛文9年(1669)3月の造立。上部に日月、下部に三猿が描かれ、中央には六文字名号「南無阿弥陀佛」が刻まれている。三猿の下には11名の願主名が彫られている。隣りは右上が欠損しているがこれも板碑風の庚申塔。青面金剛像と三猿が陽刻されている。造立年は天和2年(1682)9月で、尊像の右に「庚申供養」とある。三猿の下には10名の願主名がある。その隣は聖観音像だが、刻まれた文字が風化でほとんど読めない。おそらく江戸時代初期のものだと思われる。

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その右に続くのは上部が欠損した舟型の聖観音像だが尊顔の左に「庚申供養」とあるので庚申塔。造立年は寛文12年(1672)3月で、尊像の足元脇には16名の願主名がある。隣りの小さな石仏はあちこちひどく欠損しているが、元禄13年(1700)造立の庚申塔。青面金剛像のみが判別できるが、他の像容は分からない。足元に左側の鶏が残っている。右から二番目はコンパクトな舟型の庚申塔。上部に欠損があるが、青面金剛像と三猿が彫られている。尊像上には日月の日の部分が残る。宝永元年(1704)4月の造立。一番右端はこれも上部欠損ながら文字塔で「奉庚申供養」という文字が見られる。おそらく駒型ではないだろうか。造立年は延宝7年(1679)5月。右下地面スレスレのところに鶏の上部が見えているようだ。

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境内には大根を描いた石板石碑があった。大根はどちらも二又大根で、それが絡まり合う春画風のもので、文政3年(1820)9月に奉納されたもの。この辺は江戸の粋を感じさせてくれる。

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境内にあったもので目を留めたものの一つにこの絵がある。織田一麿画で大正5年(1916)に描かれた「東京風景 六 待乳山から隅田川」という作品のコピー。大正初期はまだ多くの人が和装で、隅田川の川辺も樹木でいっぱいだったことがわかる。こんな時代の東京を見られるものなら見てみたいと思う。

場所  台東区浅草7丁目4-1

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