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2021年9月14日 (火)

お化け地蔵(台東区橋場)

この辺りは室町時代から禅宗の妙亀山総泉寺の境内地で、門前一帯にチガヤ(茅)が生い茂っていたのだろうか浅茅ヶ原と呼ばれていたという。江戸時代の隅田川には現在のような護岸はなく、浅草周辺は隅田川の自然堤防によって標高が高まり出来た陸地であった。そこに水辺の植物が生い茂るのはごく自然なことだっただろう。

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お化け地蔵がある松吟寺は写真右の平屋の民家のような建物で驚いた。もともとの総泉寺は昭和4年板橋区小豆沢に移転している。現在も広い寺院だが先ごろ訪問した折には境内の大改装が行われており、十分に拝観することが出来なかった。お化け地蔵の説明板によると明治40年刊の『東京名所図会』には「浅茅ヶ原の松並木の傍らに大いなる石地蔵ありしを維新の際並木の松を伐りとり、石地蔵は総泉寺入口に移したり」とあり、「当寺入口に常夜燈あり、東畔に大地蔵安置す」ともあると書かれている。上の写真の左端の燈籠は寛政2年(1790)に造立されたものである。

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お化け地蔵はかなり傷んでいるが、享保6年(1721)の建立。関東大震災で真っ二つに折れたが、補修して現在に至る。横から見ると見事に胴の真ん中で折れており、後に支えの控壁(ひかえかべ)が付けられている。

場所  台東区橋場2丁目5-3

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