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2021年9月23日 (木)

蓮華寺の石仏(江戸川区江戸川)

蓮華寺も古川沿い、行徳道沿いの寺院で宗派は真言宗。昔ここに観音堂があり村人の信仰を集めていたが、永享10年(1438)に栄源法印という僧が不動明王を背負って遍歴したのちここに定住、村人が堂宇を建てて創建したという。室町幕府の足利義満が死んで応仁の乱の乱世に向かっていく時期だが、武士の歴史はたくさん残っているものの、こういう村人が僧のために堂宇を建てたみたいな一般民の歴史はなかなか残らない。それが残されるのが石仏石塔だったりするので面白い。

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蓮華寺の門前に駐車場があるが、本堂に向かって左が駐車場で、右には古い石塔石仏が並んでいる。寺の本尊は聖観音菩薩で僧行基の作であると説明板に書かれている。行基は飛鳥時代から奈良時代にかけての人物で、朝廷や他の仏教組織に反して行基集団を形成してすべての民に仏教を説き、救済や社会的支援を行った1300年前の日本のガンジーみたいな人と認識している。その行基の作品というのが全国に散らばっていて真偽のほどは分からない。しかし当時日本地図を作ったという仁和寺所蔵の「行基図」写本には興味がある。

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門前の石仏は、一番手前(写真右)の供養塔から。おそらく笠付角柱型だったと思う。正面に「四國第十一番藤井寺寫(徳島県吉野川市の藤井寺)」とあり、右面には「西国第十六番清水寺寫(京都の清水寺)」とある。造立年は寛政4年(1792)11月。写真中央は舟型光背型の聖観音菩薩像で、元禄4年(1691)6月の造立。これはどうも墓石のようだ。三番目は駒型の庚申塔で、日月、青面金剛像があり、主尊は左手にショケラを下げている。しかしそれより下には三猿など何もない。造立年は不詳で、特に文字も刻まれていない。

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庚申塔の左(写真右)だが、どうも大日如来のように見える。戒名が沢山刻まれているので墓石だと思うが、上部には「月山、湯殿山、羽黒山」とあり、その下に「善光寺、西國、坂東、秩父」の文字も読めるてんこ盛りの石仏だが造立年は不詳。隣りは舟型光背型の地蔵菩薩立像。造立年は文化8年(1811)4月とある。これも墓石。一番左の舟型光背型の地蔵菩薩立像もまた墓石で、造立は宝暦8年(1758)2月である。墓石が多いが江戸時代中期から後期にかけて、門前の行徳道(行徳道は数本ありここはそのひとつ)は昔から行徳塩の輸送が盛んで、それだけに住民も比較的豊かな生活をしていたのだろう。

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一番本堂側にあるのは宝篋印塔。正面には「光明講結衆 」とあり、裏面には「海照山蓮華寺」の銘がある。造立年は元文3年(1738)3月と刻まれている。この辺りは江戸時代は古川より南が下今井村、寺のある北側は二ノ江村で、寺の西には八幡社、古川の対岸には香取神社があったが、昭和42年に合併して、古川の南側の二之江神社に統合された。

場所  江戸川区江戸川6丁目4-11

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