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2021年9月 2日 (木)

東禅寺の石仏(江戸川区東葛西)

現在の江戸川区東葛西は江戸時代から明治時代にかけて、南の川沿いに東西に広がる東宇喜田、旧江戸川中洲の妙見島の西に南側の長嶋村、北側の桑川村というのが人々が住んでいた地域。ただ明治時代初期の地図を見ると東宇喜田村の南側(海側)も長嶋村となっていたりして詳細はどういう形になっていたのかよく分からない。ディズニーランド脇の舞浜大橋辺りまで江戸時代には耕地開発が進んでおり、見渡す限りの水田地帯だった。

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東禅寺の裏、北側の道路はかつての川筋(長島川)で、川を境に北は桑川村、南は長嶋村だったが、相互の往来は一つの村のようにあったのではないかと思うが、東禅寺の山門や本堂は長嶋村側が正面になっており、隣接する香取神社(茂呂神社)と合わせて長嶋村に帰属していたようだ。真言宗の寺院で創建は仁平2年(1152)の古刹。室町時代に中興された900年の歴史を持つ寺院である。山門を入ると右手に4基の石仏が並んでいる。

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右から、「徳大勢至菩薩」と書かれた供養塔で寛政6年(1794)11月の造立。「天下泰平五穀成就 講中増幅子孫長久」と刻まれている。その隣は駒型の庚申塔で、造立年は台石に刻まれており元文2年(1737)とある。日月、青面金剛像、二鶏、邪鬼、三猿が陽刻され、尊像の左手には小さなショケラがぶら下がる。武刕葛西長嶋村の銘がある。左から二番目の丸彫地蔵尊も元文2年(1737)の造立で台石には「奉造立供養地蔵尊 東禅寺」とあり、庚申塔と同じく武刕葛西長嶋村とある。左端の舟型の聖観音像は延宝6年(1678)8月とこの中ではもっとも古いものだが、戒名などが刻まれているところから墓石だったのかもしれない。

場所  江戸川区東葛西2丁目29-21

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