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2021年11月 9日 (火)

長遠寺旧薬師堂墓地の石仏(大田区南馬込)

国道1号線と東海道新幹線+湘南新宿ラインが交わるのは国道1号(第2京浜)の馬込橋辺り。ここは台地の尾根なのでなぜ橋があるのか訝しく思った。この新幹線ルートは元々昭和4年(1929)に開通した品鶴線という貨物船で、それを越える国道1号線の跨線橋の名前が馬込橋であるらしい。第2京浜が通ったのは昭和15年(1940)でその時に鉄道との立体交差になったようだ。昭和初期の馬込橋は国道の西脇で新幹線をくぐりながら湘南新宿ラインを跨いでいる。

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国道1号線と新幹線高架に挟まれた三角地帯にはやや広い長遠寺の墓所がある。かつて薬師堂(松原薬師堂)があったらしく長遠寺旧薬師堂墓地という名前。墓地の南側は数m低くなっており、池尻川の支流のひとつが作った谷で、そこに鉄道を通したようだ。上の写真の2基の立派な石仏は墓石だが特別な存在として際立っていた。左が寛文2年(1662)5月造立の聖観音菩薩像。「奉造立石佛一基為妙善三十三回忌菩提」とある。右が寛文2年(1662)10月の虚空蔵菩薩像で、こちらも同じ三十三回忌と刻まれている。

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墓所の隅に関係僧侶の供養塔と思われる石塔が並んでいる。一番右の丸石の上に四角い石の乗っている石塔は廻国供養塔。造立年は享保12年(1727)で、廻国行者自観居士の菩提を弔うために造立されたものである。

場所  大田区南馬込1丁目4

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