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2021年11月 8日 (月)

久保谷の庚申燈籠(大田区南馬込)

萬福寺の北に馬込神明社という小さな神社がある。隣接する瑞穂幼稚園の方が数倍広く賑やかなので幼稚園の一画に神社がある感覚。神社の創建年代は不詳。瑞穂幼稚園併設とあるのでこちらが主体で幼稚園がサブなのである。『新編武蔵風土記稿』には「村の東方にて坂上にあり、此所は増上寺領の内にて、かの領内の民の鎮守なり。(中略)百姓組合持にして別當寺は祭祀を司るのみ。」とある。

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『新撰武蔵風土記稿』には別当寺は泉生寺とあるがそのような寺院は近辺にない。南馬込では萬福寺と長遠寺が大きな古刹で、古い地図にも近くに寺の印はない。神社の西側の角の植込みの中に燈籠が一基立っており、これが極めて珍しい庚申燈籠である。

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竿部が角柱型風の庚申塔の図柄になっている。造立年は享保3年(1718)11月。区指定の文化財で、馬込村久保谷の庚申講中が造立したものである。右側面に「奉供養庚申石燈籠講中」とある。日月、青面金剛像、三猿が陽刻されており、全高は123㎝程。これほど普通の庚申塔のように燈籠の竿に彫り込まれているのは極めて珍しい。

場所  大田区南馬込1丁目40-11

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コメント

旧馬込村飛地大字千束住人さん

詳細な情報をありがとうございます。馬込を歩いていて武蔵野台地の端っこがこんなにも複雑な地形だということに驚きました。鎌倉時代の池上道が東西の主要道だったころから人々の営みが盛んだったことを容易に想像できるものが沢山ありますね。明治の廃仏毀釈と第二次世界大戦は貴重なものを随分と奪ってしまったと無念です。これからもよろしくお願いいたします。

ぼのぼのぶろぐ管理人

投稿: ぼのぼのぶろぐ管理人 | 2022年3月 8日 (火) 19時55分

『新撰武蔵風土記稿』には「別當泉生寺。年貢地一段七畝五歩、社地に續きてあり、・・・」とも記述されていますので、神仏習合であった馬込八幡と長遠寺の位置関係と同じく、神明社に隣接していたのでしょう。実際、馬込村の木原家私領の名主を代々務めた加藤家が残した文書中の「馬込村惣村絵図」という江戸時代後期に作成された地図に、神明社の隣に泉生寺の名が記載されています。明治の廃仏毀釈時に、馬込村の檀家を持っていない寺は、ほとんど廃寺となっています。長遠寺すら危うく廃寺となるところを他の寺と一緒になることで生き残ったくらいです。泉生寺は増上寺御霊屋領にあり名主は高山家が勤めていたので、加藤家文書には記録が残っていませんが、おそらく廃仏毀釈時に廃寺となったものと思われます。

投稿: 旧馬込村飛地大字千束住人 | 2022年3月 8日 (火) 12時30分

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