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2021年11月10日 (水)

長遠寺の石仏(1)(大田区南馬込)

真言宗の寺院長遠寺は天仁元年(1108)の草創、文亀2年(1502)に当地に移転。馬込八幡神社と並んでいる。草創の地は馬込村堂寺と伝えられるが、堂寺というのは現在の環七通りと第二京浜の交差する松原橋交差点の北西側内回りループの辺りの地名のようである。その辺りは池尻川の支流が作った細尾根の一画である。そこから南の谷を越えて、広い荏原台の現在地に移ったようだ。

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寺の門前にはやや大きめの堂宇があり、その中には3基の石仏が祀られている。左の一番小さな駒型風の石仏は摩滅が酷く文字も全く読めないので分からないが主尊の影からすると馬頭観音の可能性が高い。右側の駒型の石仏もかなり摩滅して剥離しているが、頭の上に膨らみがありおそらくは馬頭観音とみていいだろう。造立年については剥離していない部分で寛政元年(1789)の年紀が読める。

主役は中央の大きな方形の庚申塔で、実は裏面には阿弥陀如来坐像の念仏供養塔があり両面石仏となっている。造立年は延宝5年(1677)11月と古いもので、庚申講と念仏講の関係が深いことを伝えてくれる。表は日月を青面金剛が持ち、邪鬼を踏み、右手に大きなショケラをつかんでいる。脇には二鶏が陽刻され、下には三猿が描かれている。裏面は阿弥陀如来坐像が中央にこじんまりと陽刻されている。当時は庚申講は男が多く、念仏講は女が多いというのが常だったようだ。側面の願主名には男女が入り混じっているのが面白い。

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参道を進み手水舎の右奥を覗くと庚申塔がひっそりと立っていた。造立年はどこにも書かれていない。日月はなく、青面金剛像が左足で邪鬼を踏み、手前に張り出した台石の前の香炉台に三猿が陽刻されている。

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本堂の前に一対の燈籠が立っている。どちらの燈籠も竿には薬師如来坐像が彫られている。右の燈籠の造立年は万治3年(1660)8月、左の燈籠は万治2年(1659)11月で左の方が9ヶ月古い。右の燈籠は渡辺対馬の逆修供養を兼ねているが、左に逆襲の文字はない。どちらの燈籠も元々は松原薬師堂にあったものを昭和54年(1979)にここに移したものである。松原薬師堂は前述の薬師堂墓地のことである。

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珍しいものとしては本堂左手の植込みにある御影石の草木供養碑。都内の植木職組合で近年時折立てられることがあり、ここの草木塔は新発見だった。造立年は平成9年(1997)6月、大森造園協力組合によるものである。

場所  大田区南馬込5丁目2-10

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