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2021年12月 8日 (水)

盛雲寺の石仏(豊島区西巣鴨)

都電新庚申塚駅と西ヶ原四丁目の間、線路の北西側には寺院が集まっている。アルファベットのUを描くように七寺が並ぶ。地図上では右上から良感寺、清厳寺、善養寺、妙行寺、盛雲寺、西方寺、正法院。三番目の善養寺は先日ご紹介した。この地に越してきた年順では、西方寺(明治24年浅草聖天町より)、正法院(明治38年下谷より)、妙行寺(明治40年四谷鮫河橋南町より)、盛雲寺(明治41年下谷より)、善養寺(明治45年下谷より)、良感寺(大正3年下谷より)、清厳寺(大正11年小日向より)。下谷が多いがあちこちからである。

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本堂の前には2基の立派な舟型の石仏がある。右は地蔵菩薩で百日講によるものらしい。左も地蔵菩薩だが「一切聖霊生極楽國」とある。基壇に年紀の彫られたような痕跡があるが読み取れなかった。クオリティが高いので江戸時代前半のものではないだろうか。

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本堂の裏手に回り込むと、墓所の本堂側に古い板碑型の庚申塔が祀られている。上部に日月、下部には三猿が描かれているが、中央の文字は「奉修庚申待祈願成就也」、造立年は貞享4年(1687)初冬とあるので10月か11月あたりだろうか。しかし何故この地区にこんなに寺が集まったのかは分からず、調べているとここには明治時代後期浄土宗大学という学校があり、明治40年に宗教大学と改名。大正15年には天台宗大学、豊山大学と合併して大正大学となり、現在の練馬区石神井に移転したことが分かった。この辺りはやはり宗教がらみが多い。

場所  豊島区西巣鴨4丁目8-40

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