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2021年12月26日 (日)

延命子育地蔵尊(荒川区西尾久)

下町の遊園地というと浅草花やしきが筆頭だが、あらかわ遊園も負けず劣らず年少の子どもたちが楽しめる場所らしい。今は改装の為休園中で令和4年春(2022年春)にリオープンするようだ。遊園地の開設は大正11年(1922)5月。船方のレンガ工場を廃止して荒川遊園が開園。戦災でひどくやられたが、昭和25年(1950)に再開園して人気を博した。

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遊園地から南へ下ったところに大きな地蔵堂がある。昔は石仏の一部が道路の西側にあったらしい。戦後になってこちら側(東側)に建て直されまとめられた。地蔵堂の中には沢山の石仏が納められていて驚く。

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向かって右の壁沿いにあるのは、供養塔と庚申塔。手前の黒っぽい石塔はもともとは笠付角柱型だったのが笠欠となっている。六十六部供養塔で、中央には「南無阿弥陀佛」とあるが年紀は左側面にあるのか手前から読み取ることはできない。中央の板碑型庚申塔は上部と側部が大きく欠損している。荒川区の史料では享保6年(1721)の造立で、中央には「奉供養庚申待 二世 安樂所」とある。一番向こうの板碑型庚申塔は集めの石柱。「奉供養庚申講中諸願成就攸」とありその横に「武州豊嶋郡上尾久村講中」とある。造立年は宝永7年(1710)である。

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奥の壁際の右h氏にある板碑型の石仏は宝永2年(1705)菊月(9月)とある。中央には「▢▢養日待講中念願成就攸」とあり、脇に「(武)州豊嶋郡上尾久村講中」と書かれている。

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その隣にあるひときわ大きな板碑型の石仏も日待塔である。中央には「奉供養日待講成就一結衆生現世安穏祈所」とある。その右には「武州豊嶋郡上尾久村」の銘、造立年は寛文9年(1669)11月と古いものである。これら日待塔2基はもともとは道路の西側にあったものらしい。

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正面に当たるところにある、上の写真では右側の地蔵が延命子育地蔵尊で、説明板によると造立年は寛永20年(1643)と江戸時代初期のものである。左側の阿弥陀如来像は時代が新しいもののようだが(台石には昭和50年7月とあるがこれは台石の再建年か)、何しろ堂内は暗くて中には入れないので焦点距離を眺めにしてブレないように撮るのが精一杯だった。

場所  荒川区西尾久6丁目32-4

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