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2021年12月30日 (木)

地蔵山墓地の石仏(荒川区西尾久)

都電荒川線の小台駅と宮ノ前駅の間、尾久警察署の真向かいにある地蔵山墓地の門柱には宝蔵院と書かれている。宝蔵院の本堂は北の方にある小台橋のたもとにあり、未訪問だが開山は寛永10年(1633)で、板碑を所蔵しているらしい。地蔵山墓地はその境外墓地で、本山門前の説明板にも地蔵山墓地の庚申塔の説明がある。

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門の正面には地蔵山のシンボルにしては小さめの堂宇に地蔵があるが、地蔵山の地蔵はこれではなく入って右にある建物の中に祀られている延命地蔵尊らしい。この正面の地蔵は庚申塔や庚申聖観音と共に門を入って左にあったのだが、正面に移動したようだ。

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延命地蔵のある建物の裏手に回ると大きな丸彫地蔵菩薩が無縁仏の中に立っている。この2m近い地蔵菩薩は庚申講中によるもので、資料によると「奉待塁年庚申擬供養起立地蔵菩薩」と書かれているようだ。台座には寛文10年(1670)孟冬(10月)の年紀があり数名の願主名が刻まれているらしい。

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地蔵菩薩の左後ろに板碑型の石塔が2基、万年塀に立てかけてあるが、この後ろの石塔が実は元禄9年(1696)霜月(11月)造立の庚申塔。右上が少し欠けて波打っているように見える。正面には「奉造立庚申待講中二世安樂処」とあり、武州豊嶋郡上尾久村の銘がある。下部には12人の願主名があり、三猿があるのだが見えない。文言は資料を参照した。

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入口の方に戻ると、かつてあった場所にそのまま残っている補修された板碑型の庚申塔がある。造立年は万治元年(1658)霜月(11月)と相当古いもの。「武州豊嶋郡上尾久村」と脇に刻まれ、下部には8人の願主名がある。

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少し道路側には欠損して破片のようになった3基の石仏がある。実は右の2基はひとつの庚申塔で、資料によると寛文9年(1669)霜月(11月)の造立。正面には「奉供養庚申待二世安樂所」とあったようだ。しかし戦災で破損したのを修復しきれなくなって上部が右側、下部が中央の石塔としてかろうじて残っている。左の石仏の欠損だらけで、これは延宝6年(1678)11月造立の聖観音像。これも実は庚申講中によるものだという。説明板によると風化によって破損したとあるが、もともと戦災で壊れたものを何とか補修していたものがもう持たなくなってしまったのだろうと思う。なかなか貴重な庚申石仏であり、この状態であっても保存されているのは素晴らしいと思う。

場所  荒川区西尾久2丁目25-21

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