山王大権現碑(世田谷区砧)
小田急成城学園前駅から南東へ数百m、千川沿いの崖っぷちに小祠がある。ここは仙川の流れが台地を削って出来た河岸段丘が川まで迫っている場所で、崖下の道の標高は32m、崖上の標高は41mと落差は9mもある。ここから100mほど下流に行くと、ゴジラやウルトラマンなどを生んだ東宝撮影所。
小祠の中には笠付角柱型の石塔が1基祀られている。かなり摩滅が進んでいるが、正面には「南無妙法蓮華経 山王大権現」とあり、脇には「南無妙法如来、南無釈迦如来」とある。脇にある紀年を見ると、元禄15年(1702)8月の造立である。
山王大権現というのは中世の神仏習合で生まれた天台宗の鎮守神らしい。比叡山(日枝山)の山岳信仰と神道、天台宗の融合によるもので、日吉権現とも言われる。山王社は明治の廃仏毀釈(神仏分離)で比叡山延暦寺から無理矢理分離させられ日吉大社に組み込まれた歴史がある。庶民は地神から仏教まで平らかに信仰しているのに、権力はつまらぬ争いを繰り返し続ける。それは文明が出来てから今まで、人間が進歩していない部分である。
場所 世田谷区砧8丁目32-7
| 固定リンク
コメント