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2022年1月 7日 (金)

誓願寺の石仏(荒川区南千住)

素盞雄神社の北にある誓願寺は浄土宗の寺院。相当な古刹で、平安時代末期の長保元年(999)に天台宗寺院として創建した。どういう時代かというと紫式部が源氏物語を書いていた時代である。江戸時代に入る頃、慶長元年に浄土宗に改宗している。日光街道の境内の間口は狭いが、これは江戸時代から変わらない。間口税が関係したのか、日光街道沿いの寺院はほどんどが江戸時代はウィスキーボトルタイプの地形をしている。

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参道を進むと竹の扉がありそれを開けて境内に入る。なんだか裏口から入るような感覚である。現在は清岸寺が隅田川の千住大橋に最も近い寺院だが、江戸時代は橋の手前に円蔵院という寺院があった。別当を務めていた熊野神社だけが現在はこじんまりと残されている。木戸を入ると美しい庭の先に本堂があるが、その手前の南側に石仏が並んでいる。

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立派な庚申塔が2基並んでいた。左側は駒型の庚申塔で造立年は延宝4年(1676)10月。日月、青面金剛像、二童子、二鶏、三猿がくっきりと陽刻されている。尊像左右に「庚申講中現當 為二世安樂」とあり、下部には多数の願主名がある。香炉には「庚申講中」とあるがその下の字は読めない。右の自然石庚申塔は基壇に三猿が彫りこまれている。正面には「青面金剛供養塔」とある。造立年は摩滅で読めないが資料によると享保10年(1725)5月のようである。

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その先には3基の立派な石仏がある。右は墓石だが延宝9年(1681)4月造立の舟型地蔵菩薩。中央はこれも墓石ではあるが、丸彫地蔵で安永5年(1776)5月のもの。左は丸彫の聖観音座像で寛延4年(1751)10月の造立、「奉納観世音菩薩 汐入村講中」とある。汐入村は現在の南千住の高層住宅地域の古い地名で、至る所に汐入の名前が残っている。

場所  荒川区南千住6丁目69-22

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