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2022年2月18日 (金)

貫井の東高野山道道標(練馬区貫井)

目白通りの練馬二小前交差点に今も残されている貫井の東高野山道道標。明治時代までの小字はこの交差点を境に北が北貫井、南が本貫井であった。このあたりが貫井村の中心だったということだろう。現在は片側2車線の目白通りが南北を分断しているが、明治以前は円通院の門前に広がる集落で、この道を北へ進むと石神井川を渡る橋のたもとには水車があったようだ。

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道標の脇に説明板がある。「旧清戸道(所沢秩父道)から東高野山長命寺方面へと向かう旧道の分岐点に建立された道標二基」とあり、角柱型と自然石型の道標が残されている。左の角柱型の道標は寛政11年(1799)3月に再建されたもので、正面に「左 東高野山道」と彫られている。再建ということは先代の道標がここにあったということである。

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右側の大きな道標は同じく寛政11年(1799)4月に貫井村の関口藤助延義という人物が中心になり、都鄙講中(とひこうじゅう)により建立されたもの。なんでも講中になった江戸時代の庶民文化は興味深い。左側面には「左 高野山十八丁」、右側面には「右 所さハちゝぶ道」と刻まれている。

場所  練馬区貫井5丁目17-24

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