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2022年2月24日 (木)

春日神社の庚申塔(練馬区春日町)

練馬区春日町の町名の由来はこの春日神社である。昭和7年(1932)に市郡合併で板橋区が成立し、それまで上練馬村の中ノ宮、海老ヶ谷戸、尾崎だった辺りが春日町となった。戦後昭和22年(1947)に板橋区から分かれて練馬区が設けられてからは練馬区春日町である。

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春日神社は鎌倉時代に藤原鎌足の末裔である工藤祐宗が頼朝に従って奥州征伐に向かう途中、大和の春日神社の祭神を勧請して創建したという。その後の練馬城(豊島園敷地)の城主豊島氏もここを守護神とした。豊島氏が没落したのち、豊島城に入った城主海老名左近はこの春日神社を居館の一部とした。かつての小字海老ヶ谷戸は海老名氏所縁である。

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本殿の西側に小さな祠と駒型の庚申塔が祀られている。庚申塔の造立年は宝永6年(1709)霜月(11月)。日月、青面金剛像、邪鬼、三猿に線刻の二鶏が描かれている。尊像脇には「奉造立庚申供養二世安全祈所 敬白」とあり、「武刕豊嶋郡上練馬海老ヶ谷戸村結衆  四十八人 うち二十人女」と刻まれている。この庚申塔は昔は春日町5丁目20番地にあったらしい。高松ローンテニスクラブのやや北東の一画である。

場所  練馬区春日町3丁目2-10

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