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2022年2月28日 (月)

出世観音前の庚申堂(大田区久が原)

久が原の出世観音前という交差点だがここには出世観音はなく、工事現場の向こうに二重の塔のような仏閣がある。芥川賞直木賞選考会が開かれる築地の料亭「新喜楽」の初代女将が住んでいた場所で後に仏門に入った関係でここに仏閣を建てたが、戦災で焼け如意庵だけが残された。それを戦後地元では出世観音と呼んだという経緯である。女将は戦後野村證券に移譲し野村證券の寮が建ったが、近年住友不動産に売却されマンション計画が進んでいる。野村證券寮の時は地元有志が出世観音と庚申塚を残すよう嘆願し受入れられたが、今回はまだ協議となっておりどうなるか不安が残る。

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地元では庚申塚というがほぼ庚申堂。なかなか頑丈で立派なものである。地元有志が必死に守っている感じが工事の擁壁の曲がりからも感じられる。何とかして守ってもらいたいものである。

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堂宇内には2基の庚申塔が祀られている。右の板碑型庚申塔は元禄5年(1692)11月の造立。日月が陰刻されており、中央には「奉造立帝釈天王」、その下には8人の願主名がある。左の駒型庚申塔は、日月、青面金剛像、三猿の図柄で、造立年は元禄13年(1700)12月。右脇に「奉造立帝釈天王 武刕久ヶ原村」とある。どちらの庚申塔にも三木姓があるが、近年の堂宇建替えの寄進にも多くの三木姓が見られた。

場所  大田区久が原2丁目7-30

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