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2022年2月15日 (火)

分れ道の庚申と地蔵(練馬区貫井)

東高野山道をさらに東へ進む。東高野山長命寺を目指す参詣者は反対向きのコースを行くのだが、私は西から来たので致し方ない。ゆるやかなカーブの先で南からの道が合流する分岐点に2基の地蔵菩薩と1基の庚申塔が祀られている。南の道も古い道で、千川上水を越えて下井草へ向かう道。

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この辺りの昔の地名は西貫井。この北には石神井川の低地があり水田が広がっていた。明治時代までは東高野道のこの辺りから石神井川の低地を見下ろすことが出来たと思われる。一番右は背の低い角柱で正面に地蔵菩薩が彫ってあるが、下半身は地埋まっているのか元々ないのか分からない。造立は明治30年(1897)5月で、「施主 米元新」また右面には「神田 世話人」とあるがこれが何の意味かは不明。

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中央の地蔵は丸彫の立像。紀年などは何も記されていない。左の庚申塔は角柱型で、日月は摩滅が酷くて有無が分からない。青面金剛の下には邪鬼と三猿が痕跡を残している。左側面には、寛政10年(1798)4月の造立年。「武刕豊嶋郡上練馬貫井村 庚申講中十八人 願主 篠惣五郎」とある。一方の右面には、「此より 右 東こうや道」とあり、長命寺への参詣道になっていた。

場所  練馬区貫井4丁目23-14

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