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2022年2月 8日 (火)

下乃稲荷神社の庚申塔(墨田区墨田)

首塚地蔵尊のある正福寺前から南に向かって鎌倉街道を行く。この鎌倉街道沿いには西井堀という用水路が流れていたが、この少し西が墨堤と呼ばれるかつての隅田川の川岸だった。江戸時代は大川と呼ばれていた隅田川も度々氾濫し、この辺りはその時にできる池が沢山あった。

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200mほど行くと右手に小さな社の稲荷神社がある。下乃稲荷神社というのは江戸時代にはこの辺りには稲荷神社が2社あり、そのうちの下(の)稲荷神社という名前である。境内は相対的に広いが、稲荷神社の社の脇に2基の庚申塔が祀られている。

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右の笠付角柱型庚申塔は正面中央に「奉納庚申供養」とありその下に三猿が陰刻されている。造立年は享保7年(1722)9月。下隅田講中の銘がある。この笠が最初からのものかのちに変わったものかはわからないが、いささかバランスに欠ける気がした。左の笠付角柱型の庚申塔は享保9年(1724)10月の造立。日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿が陽刻されている。右側面には「奉供養庚申」とあり、「下須田村講中」と記されているが、江戸時代の切絵図には隅田川河畔に須田村の文字がある。木母寺の南側で現在の東白髭公園の一帯で、江戸時代は堤外であった場所。調べてみると元禄時代は須田村という記述が多く、天保年間になると墨田村となっているらしい。その他には「住田」「州田」「角田」という記述の古文書古地図もあるようだ。

場所  墨田区墨田2丁目3-8

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