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2022年2月 9日 (水)

法泉寺の石仏(墨田区東向島)

明治通り(環状六号線)は白髭橋で隅田川を越える。墨堤通りを白髭橋東詰で過ぎると右に寺院があるが、明治通りから直接入ることはできず、路地に入ってから山門をくぐる。明らかに法泉寺が最初からあって明治通りが後から出来たことが明解である。

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山門の向こうに見える高層ビルはリバーサイド隅田。墨田と隅田の違いが気になった。もともと隅田川という川名は1965年以降の名称。江戸時代は大川、その後荒川などと呼ばれた。終戦後当用漢字が設定された時に「隅」の字はなかったというのも驚き。どうもこの当用漢字の指定が墨田と隅田の混在に一因しているらしい。政府は教育に関する失策を繰り返している感が否めない。当用漢字もそうだしゆとり教育もそうだし、現在に至ってもあちこちに現場現実を理解していないことが多いと痛感する。

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宝泉寺の創建は区内でも最も古く、葛西三郎清重が両親の供養のために創建とあるが、この人物は平安末期から鎌倉初期の人。頼朝に仕えていたので今年の大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」に出てくるかもしれない。本堂脇にあるこの舟型地蔵菩薩は寛文2年(1662)2月の造立で、光背部分には上部に回向分、脇には多数の願主名が刻まれている。

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墓所入口に回り込むと丸彫の地蔵菩薩坐像がある。こちらは元禄6年(1693)6月の造立。周辺には江戸期の個人墓の墓石が多数残されており圧巻である。法泉寺の周辺は江戸時代は寺島村で、現在の墨田区墨田から曳舟辺りの地域である。

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明治通り側にある塀のあたりに行くと3基の庚申塔が並んでいる。左は上部が欠損して尊顔が穴になってしまっているが、地蔵菩薩立像の舟型光背型の庚申塔。造立年は寛文6年(1666)8月。欠損部分に日月、三猿脇に陰刻の二鶏がある。脇には「奉造立地蔵尊為二世安樂也」と書かれている。中央も舟型の上部が欠損しているが阿弥陀如来像の庚申塔。造立年は寛文11年(1671)9月。「奉待庚申供養衆」の文字がある。右は笠欠の角柱型庚申塔。主尊は阿弥陀如来坐像。造立年は延宝8年(1680)11月で、中央には「奉供養庚申二世安樂」の文字。台石には三猿が彫られている。

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庚申塔の近くには珍しい宇賀神弁財天の祠がある。造立は延宝9年(1682)6月。宇賀神は弁天と同神とされ、この神は人頭蛇身で顔は老人とされているが、この弁天像は頭上の鳥居の中にその人頭蛇身の宇賀神がいる。建立したのは寺島村の23名の女性と言われている。

場所  墨田区東向島3丁目8-1

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