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2022年3月14日 (月)

長命寺の石仏(墨田区向島)

隅田川の左岸にある向島の長命寺は天台宗の寺院。創建年代は不詳だが、元々宝寿山常泉寺という寺名だったが、寛永年間に三代将軍家光が鷹狩りに行く際、急に具合が悪くなりここで休息を取り、境内の井戸水で薬を服用したところ快癒したので、この井戸水を長命水、寺の名を長命寺とせよとしたという言い伝えがある。

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写真の井戸がそのままの井戸かどうかは分からないが、左脇に長命水の謂れを書いた石碑が立っている。ちなみに浅草方面から来ると、江戸時代は長命寺の近くに今戸の渡しがあり舟で隅田川を渡っていた。

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長命寺の隅田川側にはポツンと長命寺桜餅の山本やがある。桜餅は主に関東風の長命寺、関西風の道明寺があり、それぞれの地域の主流になっている。桜餅が作られたのは江戸時代、長命寺の門番山本新六が落ち葉を掃除している時に、隅田川沿いに積もっている桜の葉を活用できないかと、塩漬けにした桜葉で餅を巻いて売り出したのが始まりとされている。

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山本や脇から長命寺に入ると(勝手口から入るような感じである)、右の植込みに出羽三山の碑が異彩を放っている。出羽三山は山形県の月山、湯殿山、羽黒山の三山の山岳信仰で、この石碑の造立は文政11年(1828)4月とある。江戸時代にはこの三山の講中が盛んになり、みちのくのこの三山への登拝を行う人がかなりいたらしい。

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同じく境内には万治2年(1659)霜月(11月)造立の庚申地蔵尊がある。江戸時代初期は地蔵を主尊にした庚申塔も多い。右脇には「奉供養庚申地蔵大菩薩二世安楽」とあり、左脇には「同行六人」とある。

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石碑や石仏のある小山の中に駒型の庚申塔があった。日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿の図柄で、最初に造立されたのは宝永3年(1706)だったが、今残されているこの庚申塔は文化11年(1814)9月の再建である。石工の腕も江戸時代末期にしてはかなり高いレベルだと思われた。

場所  墨田区向島5丁目4-4

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