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2022年3月22日 (火)

大日如来虚空蔵菩薩下の堂前墓所の石仏(練馬区高松)

住宅地にある70坪あまりの墓地だが、民間墓地なのか境外墓地なのかは分らなかった。敷地の西側にお堂があり「大日如来虚空蔵菩薩下の堂」という扁額が掲げてある。下の堂というからには上の堂があるのではと思ったが、周囲には山もないしそれらしいものもない。

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堂宇の中には曼荼羅風の掛軸と大日如来と虚空蔵菩薩の木造が納められているようだ。堂宇手前には2基の笠付角柱型の石仏が立っており、そのうちむかって右の石塔はどうやら供養塔らしい。かなり文字が摩滅しているので読むのに苦労する。正面中央には「南無阿弥陀仏」とあり、側面には「三界万霊」と刻まれている。造立年は寛文9年(1669)7月とある。

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向かって左の石塔は笠付角柱型の庚申塔である。日月、青面金剛像、邪鬼、三猿が陽刻されており、右側面には「奉待庚申供養 」に紀年そして講中十一人とあり、左側面には「武列豊嶋郡上練馬之内高松村 願主小沢傳右衛門」と書かれている。造立年は享保18年(1733)10月である。

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東側の入り口脇には地蔵が並んでいるが、摩滅とゼニゴケでほとんど文字が読めない。おそらくは墓石として造られたものだろう。一番右にある舟型光背型の地蔵菩薩像は区の資料に記載があった。「西心法士 享和2年(1802)七月廿八日没」とあり、左脇には「信州小市之生」とあるようだ。信州生まれのお坊さんの墓石かもしれない。無縁墓石は堂宇の裏手にもたくさん並んでいる。江戸時代中期のものが多いが、その手前に数枚の板碑がある。紀年が確認できるものには天文20年(1551)のものがある。

場所  練馬区高松3丁目9-2

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