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2022年3月11日 (金)

根岸地蔵と石碑(大田区山王)

かつて池上道から入ったところにあった薬師堂が再訪したらマンションになっていて驚いた。薬師堂の前回の訪問は2016年だから数年の間に消えてしまったわけだが、探してみると馬込文士村資料展示のある区立山王会館の崖下の一画に薬師堂の前にあった石碑等が見つかった。

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上の写真は薬師堂の前に立っていた仙元大菩薩と桃雲寺再興祈念碑である。後ろに少し移りこんでいるのが薬師堂で、その右側は空き地になっていた。そのすべてがマンション化されてしまっていたのである。たまたま路地をうろついていてこれらの移転先を見つけたが、そこには地蔵が加わっていた。

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右の石塔が食行身禄の没後百年をを記念して造立されたもので、角柱の下には亀が彫りこまれ、上の角柱の株には二猿が陽刻されている。食行身禄は富士講中興の祖と言われる人物で、新井宿村をはじめとする大森近辺では江戸時代末期から明治にかけて富士講が盛んだった。この富士講碑は天保3年(1832)3月に造立されたもの。素晴らしい石工の技が見られ、石工名は池上在住榎本甚五郎、藤原栄▢と刻まれている。左の妖怪ぬりかべのような石碑は桃雲寺再興祈念碑で寛文4年(1664)11月の造立。桃雲寺はかつて薬師堂のあったところにあった曹洞宗寺院だが、明治13年に廃寺となり戦後薬師堂だけが再建されたという経緯。

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根岸地蔵が中央に配置されていたがこの地蔵は地蔵菩薩坐像で現地では情報皆無であった。どうも以前から根岸地蔵はこの場所にあったようだ(事実関係未確認)。その地蔵のある場所に薬師堂の文化財が移されたのだろう。

場所  大田区山王3丁目26-8 (元の薬師堂の場所は山王3丁目29-7)

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