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2022年3月18日 (金)

正円寺の石仏(墨田区押上)

墨田区押上にある天台宗の正円寺は応仁2年(1468)の創建。京都ではこの前年に起こった応仁の乱が向こう10年続くという乱世である。隣接する高木神社も同年の創建であることから、ここが旧寺島村新田の中心であったことがうかがえる。明治には富士講が盛んになり、神社には山王向島講社という富士講の碑がある。

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正円寺は高木神社に比べるとひっそりした感じで路地に面している。本殿迄の参道が少し曲がっているのは何か意味があるのだろうか。江戸時代の切絵図を見ると、正円寺は第六天社の別当寺、となりの円通寺は飛木稲荷の別当寺となっている。

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本堂左手には石仏が並んでいる。上の写真の右の角柱型石塔には「奉納大乗妙典六十六部日本回国供養塔」とある。造立年は文化14年(1817)11月。武刕葛飾郡寺嶌邑 行者仁兵衛の銘がある。中央は駒型の庚申塔で正徳3年(1713)10月の造立。日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿の図柄で、「奉納庚申供養講中 寺嶋新田村」の銘がある。左の少し小さな駒型庚申塔は、享保19年(1734)2月の造立。日月、青面金剛像、邪鬼、三猿、二鶏の図柄で、青面金剛は左手にショケラを持つ。脇には「寺嶋新田村 講中拾五人」とある。

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その横の堂宇にも3基の石仏が祀られている。右は舟型の地蔵菩薩で、寛文2年(1662)2月の造立。光背部分に「奉造立地蔵菩薩…武刕寺嶋村念佛同行」とある。中央の丸彫地蔵菩薩は台石の文字がほとんど読めない。「新田」の文字のみが判別できた。左の舟型光背型の地蔵菩薩立像は宝永7年(1710)2月の造立で、脇には「奉造立地蔵菩薩尊像」「地蔵講供養為二世安楽也」「寺嶋新田村講中四十人三回▢▢」とある。

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近くの三界万霊塔の無縁仏塚の中央には写真の地蔵菩薩があった。造立年は元禄16年(1703)と読めるが、その他の偈文などは削られたのか確認できない。江戸時代の切絵図を見るとこの辺りより東が寺嶋村、西は請地村となっている。

場所  墨田区押上2丁目37-4

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