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2022年3月 6日 (日)

文化8年の題目塔(大田区池上)

池上駅から池上本門寺へ向かう道筋、は元禄9年の道標のある藤乃屋前で平間街道(池上道)にあたると一旦右に折れて本門寺前の交差点。左を望むと広くて長い参道の階段が遠くに見え、萬屋酒店の文化財家屋前からの展望は圧巻である。古民家の商店で明治8年(1975)の建築で登録文化財になっている。

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山門に続く長い階段は比経難持坂。詳しくは坂道のところで記している。山門迄の高低差は約20mあり、台地は武蔵野台地の突端である荏原台の先端で、周辺の久が原台(標高17m)、目黒台(標高22m)に比べてもここがなぜか一番標高が高い。地質学的には成り立ちが若干異なるらしい。日蓮が本門寺を開く前は、池上宗仲(いけがみむねなか)という鎌倉時代の武士の館城があった。本門寺の創建は鎌倉幕府が開いた100年程後のことである。

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巨大なこの題目塔は南側面には「南無妙法蓮華経」の題目が大きく刻まれている。道路側は「一天四海皆歸妙法」、蕎麦屋のあるマンション側の面には「天下泰平国土安穏」、そして本門寺側が裏面になるのだが、文化8年(1811)10月の紀年が刻まれている。発願主は江戸馬喰町妙禅院で、池上周辺の講中をはじめ、江戸市内にも及び多くの題目講中の名前が刻まれている。この題目塔の先は霊山橋で本門寺という別の世界に入っていく標としての役割であろう。

場所  大田区池上4丁目20-6

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