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2022年4月 7日 (木)

清亮寺の石仏(足立区日ノ出町)

長円寺の先で常磐線の線路をくぐると東武伊勢崎線のガード手前にあるのが清亮寺。寺の北側はすぐに荒川の堤防になる。清亮寺は日蓮宗の寺院で開山は元和5年(1619)。とうぜん大正時代よりも前は荒川は存在しないわけで、清亮寺の門前の道は水戸佐倉道という古道で、清亮寺のすぐにしで日光街道から分岐していた。もちろん千葉県の佐倉を経て水戸へ繋がる道で、現在放送中の大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」にもその辺りの関東武士が登場する。

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山門は昭和6年(1931)の再建だが、手前の供養塔は安永8年(1779)3月の造立である。かつてこの山門脇には古い松があり、水戸藩主の徳川光圀が槍を立てかけたという「槍掛けの松」が有名だった。音で聞くとやりっぱなしみたいで面白い。樹齢350年を全うして、昭和20年頃に枯死してしまった。

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本堂手前の参道から左を見ると大きな如来像がある。施無畏印を結んだこの石像はプロポーションがいささか漫画チックで面白い。造立年が分からなかったが、手前の香炉台にあったのは安政2年(1855)4月という紀年であった。

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如来像の後ろに隠れるように傾いて置かれているのが、笠欠の角柱型庚申塔で、青面金剛像、邪鬼、三猿の図柄。左手にはショケラが下がる。最初に造立されたのは貞享3年(1686)だが、現在あるのは安政2年(1855)に再建されたもののようだ。途中二ヶ所折れた痕跡があるのは戦災によるものかと思ったが、足立区の資料を見ると、安政2年の大地震で上下に割れたものを繋いだのではないかと書かれていた。その時に如来像も建てられたことになる。

場所  足立区日ノ出町42-1

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