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2022年4月15日 (金)

薬王院の石仏(新宿区下落合)

神田川左岸の崖線にある寺院が瑠璃山薬王院医王寺。通称「東長谷寺」らしいがやはり薬王院で通っている真言宗の寺院である。創建は鎌倉時代と伝えられるが詳細は分からない。

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山門から傾斜が始まる。境内を上っていくという感じの寺域である。山門前にはまっすぐに点に突き刺さるような背の高い杉が並び外苑前の銀杏並木のようである。山門をくぐってもすぐには本殿に届かない。

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山門を入って右手には「南無遍照金剛」と刻まれた角柱が立つ。基壇には「佐賀講」とある。明治43年(1910)に深川佐賀講によって造立されたものである。その左の小さな石塔(角柱型)の方は弘法大師霊場の石塔で、文久3年(1863)2月に奉納されたもの。そして左の宝篋印塔は宝暦9年(1759)に寺で建立したもので、かなり立派な宝篋印塔である。

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本堂に向かって左方向に上り道がある。その手前に精緻な彫りの舟型光背型の大きな庚申塔が立っている。この庚申塔は石工の腕を十二分に発揮したものだろうと思う。庚申塔の向こうには清水の舞台のような豪華な造りの本堂が見える。

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造立年は宝永3年(1706)5月。富士山の宝永大噴火の前年である。幅も凄いが高さも151㎝ある。上部に瑞雲がありその中に日月、そして青面金剛と二童子、さらにかなりデフォルメされたような邪鬼があり、その下に三猿が描かれている。江戸時代中期の江戸文化華やかなりし時期の名作だと思う。

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大地の上まで登りきる直前に角柱型の馬頭観音があった。造立年は明治26年(1893)5月。高田村、下高田村、下落合村、戸塚村の講中による建立である。ここから数段登ると薬師堂に至る。

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薬師堂下にはいくつもの石仏があるが多くは墓石。それでも高い質のものも多く、取り上げたいがやはり墓石でない方が民間信仰に寄り添っている気がする。この如意輪観音像は舟型の光背に特に戒名などは記されていない。元禄6年(1693)5月の造立年がくっきりと確認できる。ただ他の文字が消えているので、どのような信仰に基づいたものかは分からない。

場所  新宿区下落合4丁目8-2

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