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2022年4月24日 (日)

旗の台一丁目庚申(品川区旗の台)

中原街道は古くからの街道である。東海道が開かれるまでは中原街道が東海道の役目を果たしていた。通説では福山雅治の大ヒット曲で有名な桜坂を下り、丸子の渡しで多摩川を越え、相模国に渡っている。旗の台という地名は駅の東側にある旗岡八幡神社が由来で、頼朝が関東武士を纏めるよりも50年ほど前に、源頼信が平忠常の乱の平定時に立寄り戦勝祈願に源氏の白旗を掲げた地とされる。頼信は系図を見る限りでは源頼朝の6親等の曽祖父の曽祖父とあるが、一代が短すぎないだろうか。

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堂宇は中原街道側に向いている。裏の道は中原街道から分岐して小山に至る道。この先中原街道を下ると昔は立会川が流れており、昔の街道が迂回していたところ。堂宇の中には中央に一部欠損のある板碑型庚申塔、右に地蔵菩薩、左に宝輪(法輪)をかたどった石柱がある。この辺りは池上本門寺が近いことから日蓮宗の色が濃く、庚申塔でも「帝釈天王」や「妙法」の文字を刻んだものがある。

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この庚申塔も、中央には「南無妙法蓮華経」とあり、脇に「為庚申供養」「奉建立石塔也」と刻まれている。造立年は古く寛文5年(1665)10月で、旧中延村の庚申講中が建立したものとされる。品川区内では三番目に古いもの。旧中延村は全村が日蓮宗であり、その中での庚申信仰の在り方が見てとれる。右の舟型地蔵菩薩は享保6年(1721)5月造立だが墓石。左の花に隠れているのは角柱型の法輪(宝輪)で、仏教では①車輪となってどこにでも行ける⇒四方八方に仏教を広める、②武力を用いず仏法による平和をもたらす転輪聖王(てんりんじょうおう)の宝とされるが、石塔の目的は分からない。

場所  品川区旗の台1丁目1-23

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