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2022年4月18日 (月)

最勝寺の石仏(新宿区上落合)

最勝寺は都営大江戸線中井駅前にある真言宗の寺院で、創建は鎌倉時代という古刹。都心にあるにもかかわらず7500㎡ほどもある広大な境内と墓所を持つ。門前には拡幅した山手通りが通っている。拡幅前の境内は1~2割広かったようだ。

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山門は山手通りに対して20度ほどの角度で面しているが、当然ながら山手通りは昭和に入って戦前戦後に通された道で、もともとは山手通りを斜めに横切る路地が主要道でそれに面していたからである。山門を入ると本堂前には立派な宝暦9年(1759)建立の宝篋印塔がある。

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本堂脇から西の墓所に向かうと広めの地蔵堂がある。3体の地蔵菩薩(丸彫)が並んでいるが、どれも造立年は分からない。中央の子育地蔵は新しそうだが、両脇はそれなりに時代を経ている。右の地蔵の基壇には「講中臺村為二世安楽」とある。臺村の意味が分からない。

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墓所の手前を南に行くと石塔石仏が沢山ある一角がある。上の写真の左の大きな角柱型石塔は出羽三山秩父西国坂東巡拝供養塔である。正面には「月山湯殿山羽黒山 秩父西國坂東 巡拝供養為二世安楽也」と刻まれている。造立年は文化8年(1811)2月で、「武州豊嶋郡▢落合村 行者宇田川友蔵」の銘がある。右の舟型光背型の観音立像は十一面観音で、元禄5年(1682)7月の造立。月見岡八幡神社の富士塚が山手通りと早稲田通りの交差点近くにあった頃、この像が浅間神社との関係で建之されたらしい。

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向かいにはかなり摩滅しているが、比較的新しい慶応3年(1867)7月造立の角柱型庚申塔。 江戸末期から明治にかけては質の低い石材に彫られたものが多い。日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿の図柄で、左手にはショケラがある。施主は當村願主高山伊兵衛とある。

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隣りにある近年の墓石のような石柱は馬頭観世音菩薩。造立年は明治35年(1902)、左側面に「俗名 故畜牛廿四頭」とあるが、その前の年にリュンデルペストという家畜の伝染病が蔓延流行した為に死亡した牧畜牛の供養のために建てられたという。街道筋の馬頭観音とは少し異なるストーリーを持つ。

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山門に少し近づくと上の2基の見事な石仏がある。左の舟型光背型の石仏は七面八臂の観音像を描いた墓石。墓石だが珍しい石仏である。「覚性了本信女 霊位」とあり、造立年は正徳4年(1714)12月。右の舟型光背型は地蔵菩薩立像で、「奉千體参詣供養為二世安楽建之」と記されている。造立年は不詳だが、「上落合邑 施主 佐治左衛門」とある。

P1020104更に山門近くに戻るとゼニゴケで白くなってはいるが舟型光背型の地蔵菩薩像があり、書かれた文字を読むと庚申地蔵であった。造立年は寛文8年(1688)2月、「奉納庚供養」と刻まれている。下半分には願主名がいくつも彫られているようだ。

場所  新宿区上落合3丁目4-12

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