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2022年4月10日 (日)

元宿神社の庚申塔(足立区千住元町)

千住元町は地名の通り、江戸時代初期に日光街道が開発される以前の鎌倉街道時代の街道筋の宿場町である。江戸時代にはまだ荒川は存在しなかったのでこちらが奥州路の主要道だったが、さすがに大権現家康の墓参り街道には主役を奪われた。かつての元宿はほぼ現在の荒川の河川敷になっているが、元宿神社(八幡社)は江戸時代からこの地にあったようだ。

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神社の前には里道が走っていたが、これは桜土手と呼ばれ、元和2年(1616)に石出掃部助吉胤が構築した堤防の跡に敷設された道路で、明治時代に桜が植樹され桜土手とよばれて親しまれた。江戸時代は現在の隅田川の湾曲外側の位置にあって洪水に苦しめられたのだろう。関東大震災で桜土手は衰え廃れていったが、旧掃部堤西側は千住桜木町という町名になり桜の名前が残ることになった。

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氷川神社のところで書いた丸石の庚申塔がこの元宿神社にある。こちらは石の裏側に紀年があり、天保9年(1838)2月の造立年が分る。台石には元宿同行とあるが、それぞれが似すぎていて関連性を期待してしまう。元宿神社には「感旧碑」なるものが本殿前にあり、甲府からやってきた人々が安土桃山時代に現在は荒川に含まれる川田耕地を開墾して良田を得たが、明治末から昭和初期にかけての荒川開削で故郷をうしなってしまったという旨のことが記されている。

場所  足立区千住元町33-4

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