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2022年4月 5日 (火)

金蔵寺の石仏(足立区千住)

金蔵寺は真言宗の寺院。創建は建武2年(1333)と鎌倉時代末期に後醍醐天皇が隠岐に流された翌年という古刹だが、立地は北千住駅前という地上げ屋垂涎の場所にある。ただし山門は駅とは反対側の路地にあり、駅前の喧騒を忘れられる空間になっている。

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山門を入ると左側に大きな石仏石塔が3基並んでいる。寺院の説明板によると、手前の角柱型の供養塔は千住宿の遊女の供養塔らしい。かつての千住宿には、本陣脇本陣のほかに55軒の旅籠屋があり、そのうち遊女がいた食売旅籠が36軒であったという。また江戸時代後期には町全体が遊里のようになって発展したようだ。当時の遊女は病死すると無縁仏のように扱われたという。ひどい話である。

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中央の舟型光背型の阿弥陀如来像は庚申講中によるもの。上部の文字が摩滅して読めないので、造立年は分からないが、江戸時代前期の可能性が高そう。阿弥陀如来の足元には三猿が陽刻されている。また千住弐町目の文字も見える。右の角柱の石塔は天保9年(1838)の造立で、前年の大飢饉による餓死者の供養塔である。

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少し先に進むと自然石の大きな石塔がある。巡拝塔で、正面には「神仏霊所巡拝」とあり、富士山、日光山、月山、湯殿山、羽黒山をはじめ、全国各地の山岳信仰の地が刻まれている。また並列して、四国、西国、坂東、秩父、をはじめとする全国の巡礼地の名前が刻まれているなんと欲張りな巡礼塔であろうか。下部には僧侶の姿が線刻されている。造立年は見当たらなかったがおそらく江戸末期から明治時代のものだろう。

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山門近くにある舟型光背型の六地蔵はあまり目立たないが、天保3年(1832)7月の造立と刻まれている。好立地にありながらも訪れる人の少ない寺院だが、雑然とした北千住西口にあってホッとする存在である。

場所  足立区千住2丁目63

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