« 源長寺の石仏(足立区千住仲町) | トップページ | 不動院の石仏(足立区千住) »

2022年4月 3日 (日)

慈眼寺の石仏(足立区千住)

慈眼寺は真言宗の寺院で創建は正和3年(1314)2月に行覚上人によるものと伝えられる。鎌倉時代の創建で、位置関係でいうと武蔵国の東の外れで下総国との国境近くである。ただ行覚上人についてはどのような人物なのかは分からない。慈眼寺は旧日光街道から少し離れているが、むしろそれが日光街道整備以前にあったことを物語る。

Cimg4785

山門は南側で大踏切通りに面している。興味深い通り名で、東の方に行くと常磐線、上野東京ライン、つくばエクスプレス、日比谷線、東武伊勢崎線と交差するが、現在は7線が踏切で、踏切の区間は約100mもある。それが交通量の多い大通りだから質が悪い。さて、慈眼寺には千住町消防署の慰霊顕彰碑があるが、江戸時代は纏に「千」の文字を載せていたようだ。

Cimg4789

本堂脇には1基の板碑がある。寺の説明板にある貞治6年(1367)の板碑だろうか。王貞治との関係はおそらくない貞治という年号で、1362年~1368年の和号である。板碑に書かれている文字がほとんど読めないので、この板碑がそれかどうかはいささか自信がない。

Cimg4806

墓所入口には大きな舟型光背型の地蔵菩薩像が並んでいる。これはどちらも庚申地蔵で、左の頂上がやや欠けている方が寛文7年(1667)9月の造立。地蔵菩薩の尊顔の脇には「庚申待供養」とある。尊像の袖脇には願主名が多数彫られている。右の背の高い方の庚申地蔵は万治3年(1658)10月の造立。上部に「奉納庚申待供養」とある。左下には「本願下川三郎左衛門」の銘がある。そして基壇には蓮葉と三猿が陽刻されている。

Cimg4810

斜め前の屋根付で祀られている自然石の石仏は線刻の日限地蔵。 造立年は明治6年(1873)10月。線刻は時代と共に傷んで見えなくなってしまいがちだが、明治時代にしてはよい彫りだと思われる。下脇には比丘海如和尚とあり、下には和刕豊山能梢院とあるが法名だろうか。裏側にある造立の明治六年遷化とあるのでこのお坊さんの命日ということになる。

場所  足立区千住1丁目2-9

|

« 源長寺の石仏(足立区千住仲町) | トップページ | 不動院の石仏(足立区千住) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 源長寺の石仏(足立区千住仲町) | トップページ | 不動院の石仏(足立区千住) »