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2022年4月 4日 (月)

不動院の石仏(足立区千住)

慈眼寺に隣接するのが不動院。江戸時代から隣り合わせで慈眼寺と同じく新義真言宗のお寺。元弘2年(1332)に開山というから慈眼寺開山から18年後である。寺院とはいえ700年近くお隣さんというのは凄い事である。もとは吉祥院(足立区本木西町)の末寺で白幡八幡神社(現在の国道4号線の西側にある)の別当であったとされる。

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境内には立派な包丁塚があるが、千住宿の川魚料理人たちが魚類の冥福を祈るために建立したもの。そういう風習は日本独特のものでもあるかもしれない。

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山門から参道を進むと左側に3基の庚申塔が並んでいた。中央の駒型(頂部が一部欠損)以外は特殊な像形をしている。左端は櫛型と呼ぶべきだろうか。安永6年(1777)2月の造立である。正面には「庚申供養塔」と書かれている。右面には「千寿弐町目講中世話役 島田伊兵衛」とあり他の願主の名前もある。左面には「同所西耕地石橋七ヶ所掛之」とあるので石橋供養塔を兼ねているのだろう。

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中央の駒型庚申塔の造立年は元禄15年(1702)9月。日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿が彫られている。右肩には「奉建立庚申尊像為菩提」とあり、三猿の下には資料によると「供養之講中 掃部宿 五兵衛」とその他7人の願主名があるようだ。右は力石のような庚申塔で、文化11年(1814)1月の造立。足立区の資料の写真を見ると7割がた土中に埋まっているが、一体どこに埋まっていたのだろうか。

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写真が不鮮明で左端の庚申塔が上手く写っていないので、別途上の写真を付け加えた。一見玉垣の一本のような角柱で、めずらしい庚申塔である。

場所  足立区千住1丁目2-2

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