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2022年5月26日 (木)

光明寺の石仏(江東区亀戸)

荒れ果てた普門院の北側裏手にあるのが天台宗の光明寺。創建は弘治元年(1555)だという。江戸時代後期、光明寺の西側は現在の青森県の陸奥弘前藩津軽家10万石の抱屋敷だった。屋敷の広さは16,500坪もあったという。光明寺のすぐ北には臥竜梅の亀戸梅屋敷があり賑わっていた。

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山門を入ると正面に本堂、右手に地蔵堂が立っている。普門院に比べてこちらはきれいに手入れされている境内。別説ではもっと古い創建という話もあるが、おそらくは安土桃山時代で間違いないだろう。

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地蔵堂の前に舟型の庚申塔が一基立っている。三猿のみがくっきりと陽刻されたシンプルな庚申塔である。バランスが極めて素晴らしいと思う。造立は延宝4年(1676)8月。三猿の下に願主名が10名ほどあるが苗字はない様子。上部には「奉造立庚申供養一結成就二世安楽攸」と書かれている。

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地蔵堂の中を拝見。 新しい丸彫の地蔵菩薩が三基祀られている。どれもおそらくは昭和の年代のものだろうと見えた。中央は子育地蔵尊。門前の道は新しい道かと思ったら江戸時代からある古い道だった。少し北に歩くと北十間川があり、境橋で江東区から墨田区に入る。江戸時代はこの境橋が亀戸村と小村井村の村境だった。

場所  江東区亀戸3丁目42-1

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