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2022年5月23日 (月)

常光寺の石仏(江東区亀戸)

江戸時代の大川(隅田川)と江戸川を結ぶ東西の運河の中で浅草へ出るルートが北十間川。総延長3.2㎞程あり、江戸時代に開削された。川幅が10間(約18m)であることに由来する川名である。この北十間川の南岸にあるのが曹洞宗の古刹常光寺。

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本堂は近代的な形だが、創建年不詳ながら縁起によると天平9年(737)の行基による創建と伝えられる。天文13年(1544)に曹洞宗に改宗という記録もあるようで、奈良時代聖武天皇時代の創建、室町時代後期に改宗したという気の遠くなるような古い話である。またこの寺は江戸六阿弥陀の順礼六番霊場である。

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本堂前には大きな六阿弥陀道標が立っている。延宝7年(1679)2月の造立で、六阿弥陀信仰は明暦の大火(1657)後に江戸で流行している。正面には「南無阿弥陀佛」、側面には「自是(これより)右六阿弥陀道」と彫られている。江戸新材木町(現在の日本橋堀留町)の同行六十人によって建立された。

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本堂と墓所の間には数基の石仏があるが、上の写真の左は正面金剛像(別述)で、中央の宝篋印塔、右の地蔵菩薩像ともに見事なものである。右の丸彫の地蔵菩薩像は延享3年(1746)7月の造立で、基壇正面には「六阿弥陀第六之精舎 西帰山常光禅寺 奉納石地蔵尊像 …」とある。中央の宝篋印塔は宝暦9年(1759)8月の造立で、こちらも右側面に「六阿弥陀六番目 西帰山常光禅寺」とある。また下部の台石には「万人講中 六十六部 供養仏」ともある。

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左にあるのがとても珍しい丸彫の青面金剛像による庚申塔。造立が天和3年(1683)5月で、台石側面には二鶏が大きく線刻されている。頭部は後年の再建らしい。腹部には「住所下総国葛飾郡 南横川」、右腰には「▢市瀬勘六▢▢」などとあるが、基壇には「庚申願望圓 奉待 満以伸供養  亀戸村西帰山常光寺」と刻まれている。

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墓地の奥にはもう一基の庚申塔がある。角柱型の庚申塔で、日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏の図柄。元文2年(1737)6月の造立で、「右さかさい道 六阿みだ六番目」と右面に、左面には紀年がある。なぜこの庚申塔だけが墓地の奥にあるのかは分からない。

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本堂前にはもう一基の宝篋印塔がある。文化元年(1804)10月に建立されたもので、正面には「西国坂東秩父 四国八十八ヶ所 霊場順礼供養」とあり、側面にはこちらも「六阿弥陀六番目 西帰山常光禅寺」の銘がある。

場所  江東区亀戸4丁目48-3

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