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2022年5月19日 (木)

禅定院の石仏(練馬区石神井町)

石神井池の南にある禅定院は室町時代からの真言宗の古刹で創建は600年前と伝えられるが正確な年号は不明。南北朝時代の至徳年間の板碑などもあり、600年は偽りではないだろう。山門前には真新しい六地蔵とその中央に大きな光明真言講中による延命地蔵座像が鎮座する。

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境内に入ると本堂手前に大きな宝篋印塔がある。この宝篋印塔は安政6年(1857)造立で多数の願主名が記されていたが、それらは光明真言講中の209名だという。彫りも豪華で財力を注ぎ込んでつくられたものとみられる。

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鐘楼の脇を廻るといぼ神地蔵なるものがあった。丸彫の地蔵座像でゼニゴケがあまりに酷くて文字の読み取りが難しい。造立年は宝暦12年(1762)で施主は江戸新橋井筒屋長兵衛とある。井筒屋は個人的には北九州と山口県にある百貨店だが関係はないだろう。この地蔵は疱瘡(いぼ)の治癒に御利益があると信じられていたようだ。

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本堂前には笠付の石幢六面地蔵菩薩がある。造立年は享保元年(1716)10月。武州豊嶋郡下石神井村の銘があり、「奉造立地蔵菩薩 講中二世安楽処」とあり36人の願主名が刻まれている。

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すぐそばにあるのが6枚の板碑。実は中央の大きな板碑の後ろに1枚隠れている。手前左は「康正」の年号が見えるので西暦では1455年~1457年の間のもの。室町時代後期で間もなく応仁の乱が起こる時代。大きな中央の板碑は紀年が見えない。右手前の板碑は至徳3年(1386)とあり、その後ろの上部欠損した板碑は慶安3年(1370)の造立である。残りの2枚は分からない。寺の起源にも関係があるのではないかと思われる。

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最後は練馬では珍しい織部燈籠(キリシタン燈籠)である。造立年は寛文13年(1673)10月と古いもの。竿部の陰刻のようすは目黒区辺りの代表的な織部燈籠と同じである。「奉祈供養石燈籠為惣檀那 逆修菩提也」とある。仏教もキリスト教もあの世での幸せを祈願している点では共通している。江戸時代の流れを見ると、1612年(慶長年間)には天領でキリスト教が禁じられ、その後迫害が広がり、寛永14年(1637)には島原の乱で天草四郎が蜂起。この燈籠の造立時期にはほぼ隠れキリシタンの世界だったのだろう。

場所  練馬区石神井町5丁目19-1

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