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2022年5月22日 (日)

観蔵院境内の石仏(練馬区南田中)

観蔵院の境内にもたくさんの石仏がある。すぐに目につくのは堂宇の中の2基の石仏。木製の立札が立っており、「この供養塔は筆子供養塔といって、教えを受けた生徒が亡くなった恩師の菩提を祈り建立したものです」と書かれている。かつて観蔵院で寺子屋が開かれ、近隣の子どもたちが学んでいた記録でもある。

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右の舟型光背型の石仏には「権大僧都法印日傳 施主 筆子中」とあることから先生であった僧侶に生徒たちが祈る様子がわかる。造立年は宝暦12年(1762)11月とある。左の角柱型の石仏はかなり剥離が進んでいるが、文化5年(1808)6月の造立。「施主 筆子中」と側面に記されている。

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本堂前の植込みの中にもいくつか石仏があり、この舟型光背型の地蔵菩薩像もそのひとつ。上部が欠損しているが、明和7年(1770)9月の造立で、「天下和順大乗妙典日本廻国中供養仏」とある。以前は北門前にあったらしいがいつしかこちらに移されたようだ。

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本堂裏手の墓所に入るところにぎっしり石仏が並んでいる。その中に角柱型の庚申塔が2基、ぴったりとくっついて立っていた。左の背の高い方には、「庚申供養塔」とあり「天下泰平 日月清明」とある。資料によると右には天保4年(1833)2月の紀年があり、左には「豊嶋郡 願主 當村中」と書かれているらしい。右の角柱型も庚申塔だが、殆ど文字が読めない。下部にかろうじて「為庚申供養也」とあるのみである。

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庚申塔のてまえには背の高い地蔵と五輪塔。地蔵は背中に「奉造立地蔵菩薩尊像一躯」とあり、享保11年(1726)8月の紀年が刻まれている。右の五輪塔は元和年間(1614~1624)のものでかなり古い。

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その近くで見つけたのがこの舟型光背型の聖観音像。資料には載っていない無名の石仏だが、延宝2年(1674)11月の造立。願主名には西誉宝念というおそらく僧侶の名前が刻まれている。もしかしたら墓石かもしれない。

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本堂前に戻り、その脇の薬師堂側に進むとこの石塔がある。正面には「日出薬師尊」とある。これが薬師堂の説明のための石塔になっており、薬師堂の由来が背面に刻まれている。造立年は明治26年(1893)だが、記載によると明治25年(1892)に色々な経緯で移転した旨のことのようだ。当時のこの辺りの表現を「山林」としているのが興味深く、100年余り前はそうだったのだろうと想像した。

場所  練馬区南田中4丁目15-24

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