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2022年5月10日 (火)

天祖神社の石仏(練馬区下石神井)

下石神井にある天祖神社の創建年代は不詳。延宝2年の庚申塔の存在から江戸時代初期には存在したと考えられている。今は天祖神社と呼ばれるが当時は神明社と呼ぶのが普通であった。近年は「天王様」と呼ばれている。下石神井村の時代は村の鎮守で、社域は坂下、上久保、向三谷、伊保ヶ谷戸、原久保を含んだという。神社のある地域は上久保と呼ばれていた。

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境内に入ると古い燈籠があり、紀年を確認すると安政4年(1856)とある。基壇には世話人の名前が多数刻まれており、半数程度が本橋姓。下石神井村川南講中とあるのは、石神井川の南側(右岸)領域を指している。境内の隅には3基の大型の石仏石塔が立っており、左から二十三夜待供養塔、庚申塔、地蔵菩薩である。

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二十三夜待供養塔は文化13年(1816)2月の造立で角柱型。正面上部には勢至菩薩坐像が刻まれている。その下には「廿三夜待供養」とあり、右側面には「武州豊嶋郡下石神井村」の銘がある。二十三夜待というのは、月待信仰の中でも数多いもので、その月齢の晩に当番の家に集まり月の出を待つ会合を行う行事で、江戸時代中期以降に流行した。二十三夜待は勢至菩薩、十九、二十一、二十二夜は如意輪観音が殆どである。

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中央の笠付角柱型は庚申塔で、この中では最も古い延宝2年(1674)11月の造立。日月、二鶏、三猿が陽刻されている。右側面には「武列豊嶋郡石神井郷神明村」とあり、下部には29人の願主名があり、小林、小川がそれぞれ6名、加藤5名、本橋、小泉が各2名とこの時代では意外と本橋家が少ない。右の舟型光背型の地蔵菩薩像は享保2年(1717)11月の造立で、武刕豊嶋郡下石神井村の銘に「奉造立地蔵菩薩二世安樂所」と刻まれている。

場所  練馬区下石神井6丁目1-6

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