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2022年6月28日 (火)

五条天神社の庚申塔(台東区上野公園)

上野のお山の不忍池側の斜面に建つ五条天神社は伝説では景行天皇の御代(紀元110年頃)に日本武尊が上野山に創建したとなっている。寛永18年(1641)に菅原道真公を合祀、しかしすぐに寛永寺の創建により移転をし、昭和3年(1928)に現在地に落ち着いた。

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五条天神社には複数の庚申塔が祀られているらしく訪問したが、本殿右脇の奥にあり、その手前には立入禁止という大きな看板が立っていた。おそらくは物珍し感覚の外国人旅行者や、ポケモンGOで遊ぶ一部の非常識な輩に困って神社側が対応したものだろうと思うが、日本語で大きく書かれているということは後者が主因だろうか。あとはマッチングアプリでカメラ小僧が女子を撮影する場に使うとか、昨今撮り鉄問題と同じような問題が寺社仏閣をも襲っている。

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この立入禁止の看板の奥10m余りのところには4基の庚申塔が並んでいる。手前から、駒型の庚申塔で造立年は享保16年(1731)2月。日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿が描かれており、青面金剛はショケラを下げている。資料によると文字は「願主 井桁屋弥兵衛  諸願成就庚申供養塔」とあるようだ。

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手前から2番目の駒型庚申塔は下部に三猿を陽刻したもの。「奉納御庚申諸願成就所」とあり、造立年は享保10年(1725)正月。手前から3番目も駒型の庚申塔で、元禄7年(1694)11月の造立。こちらには「奉待庚申諸願成就所」とある。奥のひときわ大きな庚申塔は板碑型で、慶安2年(1649)3月の造立と江戸時代の庚申塔としては相当古いものである。「奉信心庚申待生生加護不堕悪趣必定證得殊勝妙果処」と刻まれているらしい。

どうも俗に侵されて疲弊した都心の寺社を訪問すると哀しくなることが多いように感じる。文化財や歴史に対する一部の人間の身勝手な行動がしばしば問題になるが、そういう人間は長年の人類の歴史の中ではほぼ死罪になったと思われる。現代法が悪をはびこらせているというのは皮肉である。

場所  台東区上野公園4-17

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