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2022年6月29日 (水)

小野照崎神社の庚申塚(台東区下谷)

台東区下谷は地下を東京メトロ日比谷線が通る昭和通りとその西を並走する金杉通りに挟まれた南北に長い地域である。昭和通りは近年の大通りだが、金杉通りは江戸時代の日光街道そのもので歴史のある街。江戸時代は坂本村という村だったが、日光街道沿いは完全な街道筋で裏手には多くの寺社仏閣が並んでいた。寺域の後ろが民地の坂本村であった。

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小野照崎神社の「小野」には由緒があり、仁寿2年(852)に小野篁が亡くなった時に、彼が風光を楽しんだ上野照崎(忍岡といい現在の上野公園あたり)に霊を勧請したものらしい。上野寛永寺が開かれた時に、それを現在地に移転したという説があるが、別説もあるようだ。小野篁はあの世とこの世を行き来した霊力のある人物だったという言い伝えがある。

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本殿の向かいに5~6畳ほどの庚申塚が築かれている。石段の右には燈籠があり、肥大には「日本三庚申 庚申塚」と刻まれた昭和34年(1959)8月造立の標柱がある。これは後述する一番背の高い庚申塔に対する標柱である。

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庚申塚の左側にあるのは、六面幢のうちの三面に一猿、計三猿を陽刻したもの。造立年は延宝8年(1680)9月。もとは石燈籠の竿部だったらしい。一対で奉納されたが片方は無くなってしまった。「奉寄進石燈籠両基 武州坂本村」の銘がある。右側の板碑型庚申塔は延宝4年(1676)9月の造立で、下部に三猿を陽刻する。いたずらを受けたのか削られた跡があるが、「奉待庚申供養所願成就攸」と書かれているらしい。

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奥の列の一番左の庚申塔は面白い形だが板碑型のようだ。造立年は延宝3年(1675)9月。三猿が下部にあるが少し削られている。中央には「奉待庚申供養所願成就攸」の文字。右の背の高い角柱型庚申塔は他の庚申塔に比べて極めて新しい昭和34年(1959)の造立。上部に日月、基壇にデフォルメされた三猿が描かれている。

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その右にはもう一つ上部が欠けた板碑型の庚申塔。造立年は延宝4年(1676)10月。上部に日月、下部に三猿でその上に二鶏が陽刻されている。これも坂本村の講中によるものである。その右の板碑型庚申塔は寛文12年(1672)9月の造立でここでは二番目に古いもの。中央の膨らみはもともと三猿の陽刻だがかなり傷んでいる。その下にはうっすらと線刻の二鶏が見える。

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右列に移ると、一番奥(写真左)が駒型の庚申塔。元文5年(1740)正月の造立で、上部に日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿が彫りこまれている。右側面には「奉供養庚申爲二世安樂也」とある。中央は板碑型の庚申塔。正保2年(1645)9月の造立でこれがこの庚申塚では最古のもの。台東区内でも最も古いものらしい。中央には「奉供養庚申」の文字がある。右は中折れしているが駒型の庚申塔で、延宝8年(1680)6月の造立。「奉寄進庚申待信心如意攸」の文字の下に三猿を陽刻する。これだけの庚申塔が揃うとなかなか壮観である。

場所  台東区下谷2丁目13-14

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