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2022年6月25日 (土)

五反野南町の庚申塔(足立区足立)

足立区小菅と言えば東京拘置所が有名だが、監獄が出来たのは明治11年(1878)のことである。江戸時代は治水に深く関わった関東郡代の伊奈氏の屋敷だったところで、後に将軍鷹狩場となり小菅御殿が建てられた。その東京拘置所の西に東武伊勢崎線の小菅駅があるが、駅から300mほど北の線路近くに石仏が集められている場所がある。

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実は東武鉄道はもともとずっと西を走っていた。荒川を渡っていたのは現在の千住新橋辺りである。西新井から千住大橋北の梅田交差点にまっすぐに伸びる道(一部梅田通りという)があるがこれがかつての軌道跡である。関東大震災後に現在の軌道に変更になったようだ。五反野駅も新しい線路が出来てから開業した。番神通りを三十番神七面大明神社から道なりに東へ350mほど行ったところに写真の場所がある。明治時代の地図にも石塔の印があるので昔からここに在ったようだ。

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中央の堂宇に祀られているのが駒型の庚申塔である。造立年は安永9年(1780)12月。日月、青面金剛像、二邪鬼、三猿が陽刻されている。二邪鬼はとても珍しい。また青面金剛像は左手にショケラをぶら下げている。

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右にあるのが自然石の平面に削った面に彫りこまれた線刻の地蔵菩薩立像で、なかなか見事なものである。造立年は文久3年(1863)2月建之とあるので明治になる直前。「施主 鴨下甚右衛門」とあるので、これまた鴨下家の造立である。

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左にあるのは角柱型の巡拝供養塔。「月山湯殿山羽黒山大権現」と彫りこまれている。造立年は天保6年(1835)2月で、とても大きく立派な角柱型石塔。「先達大乗院 講中」とあるが何なのかは分からない。その奥にある自然石は何かの供養塔と思われるが不詳。造立年は天保9年(1838)11月と刻まれていた。

場所  足立区足立2丁目31-8

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