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2022年7月 8日 (金)

一ツ家稲荷神社の石仏(足立区一ツ家)

一ツ家稲荷神社は文禄年間(1592~1596)頃にこの辺りの開発がすすめられ後の栗原新田となった土地の鎮守。当時から現在まで、地元の人々によって守られてきた神社で、道を切り開いた村道祈念碑(敷石供養塔)なども境内にある。

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隣りは駐車場だったが現在はマンションでも建設されているのだろうか、その足場と養生で視界は閉ざされている。手前の鳥居の脇には4基の石仏が並んでいる。

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手前は舟型光背型の地蔵菩薩立像。安永9年(1780)12月の造立とある。「栗原新田念仏講中」の銘があるので、この時代には栗原新田の地名は一般化していたようだ。その隣の駒型の石仏は巡拝供養塔。造立年は安永8年(1779)霜月(11月)とある。「月山湯殿山羽黒山奉納」「西国坂東秩父為二世安樂」と記されている。尊像は大日如来だろうか、私にはよくわからない。

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継にあるのが2主尊を陽刻した巡拝供養塔。造立年は宝永8年(1711)10月とあるが、実は宝永は8年4月25日で正徳に変わっている。したがって正しいのかどうかは私には判別がつかない。尊像は右が大日如来で左が聖観音だろうか。「湯殿山拾五度所願成就」「奉納秩父坂東二百三十三度」とあるのは、湯殿山に15回はともかく、秩父坂東233度というのも秩父34ヶ所、坂東33ヶ所をどう組み合わせればいいのか分からない。謎の多い供養塔である。左の駒型の庚申塔は日月が塗られていて綺麗である。元禄6年(1693)4月の造立でここでは最も古い。下部には二鶏と三猿が描かれ、「奉造立庚申二世安樂祈」と記されている。

場所  足立区一ツ家4丁目2-18

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