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2022年7月21日 (木)

猿仏塚(足立区栗原)

東武伊勢崎線西新井駅の北にある区の施設ギャラクシティ(こども未来創造館などがある)の北東角の向かいに古い堂宇があり、猿仏塚とある。猿払塚にある区の説明板には中に3基の庚申塔があると書かれているが、実際は1基が念仏供養塔で2基が庚申塔である。この猿払塚の由緒が興味深い。

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江戸時代の初め頃、この辺りの農家に一匹の賢い猿がいた。ある日猿が留守番をしていると、赤ん坊が泣き始めたので、湯を沸かし行水をさせたが湯が熱すぎて赤ん坊が死んでしまった。それからというもの猿は食事もとらず赤ん坊の墓を守り続け、ついに死んでしまった。村人はこの猿の心を哀れみ、「仏になって子供たちを守っておくれ」と手厚くここに猿を葬ったという。後に塚は子供の厄除塚となり、地域の村人に深く信仰されていた。

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すべて板碑型である。右の石塔が念仏供養塔。造立年は寛永14年(1637)10月ととても古い。「奉唱念佛講結集供養所」と中央にある。下には10名ほどの願主名がある。中央は庚申塔で、造立年は寛永6年(1629)2月と足立区内で二番目に古いもの。「奉待庚申十六▢成就供養所」とある。▢は読み取れないが「夜」の可能性がある。下部には多数の願主銘がある。左端の小さい庚申塔は延宝8年(1680)11月の造立で、「奉待庚申供養所願成就」とあり、その横には「渕江石塚村大施主十六」と読める。

場所  足立区栗原1丁目4-25

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