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2022年7月 9日 (土)

西加平神社横庚申塔(足立区西加平)

環七通り加平ランプより200m余り西にある西加平神社は創建年代不詳、嘉兵衛新田の開墾に伴い創建されたらしい。天祖神社や稲荷神社と合祀分離をしたりして移転があったりしたのち現在に至る。とても広い境内で、野球ができるほどの広さだが社殿はこじんまりとしている不思議な境内である。かつての嘉兵衛新田は綾瀬川で東西に分断していたが、戦後西側で独立してこの神社を鎮守とするようになった。

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西加平神社の北側の角に4基の石仏が祀られている。神社と共に動いてきたようなので、この敷地も神社の一部なのだろう。一番右にある大きな舟型光背型のおそらく地蔵菩薩立像と思われる石仏は、摩滅ととろけが進みすぎて詳細は何も分からない。

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その左にある舟型光背型の阿弥陀如来立像は下部に二猿が陽刻された庚申塔である。このパターンは極めて珍しい。造立年は寛文10年(1670)10月と古く、庚申講中の黎明期にあたる。阿弥陀如来の左肩には「為奉供養庚申現當二世也」とある。右足脇に「願主 浄誓」とあるが、僧侶の名前だろうか。

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左の2基のうち大きい方は駒型の庚申塔で、上部に日月、その下に大きく「庚申塔」と刻まれている。造立年は天保8年(1837)とあるが月は分からない。左の駒型庚申塔は天明8年(1788)7月造立のもの。日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿の図柄で青面金剛は左手にショケラを下げている。側面には「奉供養庚申講中  渕江領  嘉平新田西」とあるので、この時代には西は西で講中を作っていた可能性がある。

場所  足立区西加平1丁目1-36

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